夢小説「天のろくろ」

「天のろくろ」という不思議な小説があります。ジャンルとしては、SF、夢がテーマです。ジョージ・オアという自分の夢を恐れる青年と、精神科医ヘイバー博士との、「生き方の対比」が話の主軸。オアが自分の夢を恐れる理由は、彼の夢は現実になるからです。

ヘイバー博士はオアの夢の力を知った後、この夢の能力を使って、世界を改造しようとします。オアに催眠を掛けて眠らせます。その催眠の内容は、「人口問題を解決せよ」「人種問題を解決せよ」「世界を平和にせよ」というもの。

オアはそうした問に対して、答えの夢を見ます。そしてその答えは現実化します。ただ、ヘイバー博士が好む答えではないので、ヘイバーは満足しません。ヘイバーはオアの能力を再現するマシーンを作り、自分の夢により世界を作り変えようとしますが・・・。

私はこの小説のどこが好きかと言うと、主人公のオアはヘザーという女性と恋をするのです。オアの見た夢=現実によっては、存在が消去されている時もあるのですが、オアにとっては彼女の存在が、常に生きる希望になります。

大切な人の存在と記憶が、無常の世界であっても、生きる力になっていく。そういう事を、作者はこの作中の恋に託したかったと感じるのです。作者はアーシュラ・ルグイン。ゲド戦記は、彼女の世界的に有名な児童小説です。

この小説は、よくあるような、章の始めに、短いフレーズが添えられえいます。中国の古典の老子と荘子の言葉が多い。こんな具合です。

天地に人の情けはない。老子 第五
夢で酒を飲んだ者は眼を覚まして涙を流す。荘子 第二

ここにも、この小説の魅力があります。深き洞察の余韻が残る中、それぞれの章がスタートします。SF小説の中に散りばめられた、古典の響きは、新たな化粧をまとった、新たな知恵のようにすら感じられます。

ルグインは老荘思想の影響をかなり受けた作家との事。この「天のろくろ」という小説のモチーフは荘子の有名な「胡蝶の夢」でありましょう。荘子がある時、胡蝶になる夢をみます。眼を覚まして荘子は問う、荘子が胡蝶の夢をみたのか?、それとも、胡蝶が荘子の夢をみたのか?

老子も胡蝶も互いに独立した存在で、荘子が胡蝶をコントロールする事ができない。胡蝶もまた、荘子をコントロールする事はできない。互いが互いの夢の中で存在する。そんな事を示唆しているような気がします。

ルグインは老子を英訳していて、私はその英訳をきっかけにして老子を味わう事を覚えました。古い中国の古典も、現代の新たな感性、それも欧米の作家によって翻訳されると、全く違った味わいになり、目から鱗が落ちるように感じを味わいました。

東洋の古典を英語で読む、もしくは、その翻訳を読むと、新たな発見があります。世界の視野から古き東洋を見る感じで斬新です。

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