胎児の夢とレム睡眠

「胎児の夢」という文章があります。夢野久作の「ドグラ・マグラ」という小説の一章です。「人間の胎児は、母の胎内にいる10カ月の間に一つの夢を見ている。」で始まります。この10カ月の間に、単細胞から始まり、魚から霊長類、そして人間へと進化する数十億年の夢を見るという内容からスタートする章です。

この内容は科学的に確立している説です。胎児の初期には、魚時代の鰓(えら)や、陸上動物の尻尾の跡が生じる事が分かり易い例でしょう。(01)

生命としての人間がたどった、数十億年の試行錯誤と進化の生命史。その進化の精髄を設計図であるDNAを元に、わずか10カ月でその進化史を再現するのが胎児の成長です。その胎児の発達にレム睡眠が大きく影響しているようです。

胎児期26週目あたりで、レム睡眠が100%との事です。(02)。それ以降はどんどん減っていきます。この世に生まれ出た時は50%、そして、成人で25%がレム睡眠の時間。レム睡眠時、自律神経としては、交感神経と副交感神経の両方が働く不思議な時間。そして、脳の活動としては、覚醒状態以上に活発に働きます。

そんな不思議で活発なまどろみの中で、胎児はどんな経験をするのでしょう。夢野は語ります。「その夢は、胎児自身が主役となって演出するところの「万有進化の実況」とも題すべき、数億年、ないし、数百億年にわたるであろう恐るべき長尺の連続映画のようなものである。」(03)

この文章は、分かる気がするのです。私は一児の父であり、妻の出産に立会いました。この立ち会い出産は難産となりました。私が妻のおなかを汗だくになって押し続けて、出産を促すという完全参加型の立会いでした。出産が無事に済んだ二日目、この世に出てきた我が子の顔をじっくりとみる余裕が出てきました。

その時の印象は、けっしてかわいいだけの赤ちゃんではなく、長い旅路を終え、安堵の表情を浮かべる勇者のような風貌をたたえていました。カレンダーの時間は10カ月でも、生物の進化をたどる時間としては、数十億年の再現です。長く厳しい旅を終えた勇者であっても不思議ではないと感じています。

夢野のこういう文章もあります。「融通のきかない人工の時間と、無限に伸縮自在な天然の時間とを混同して考えるところから起る悲喜劇(04)。」十月十日で、数十億年の進化を再現するの胎児の時間こそ、天然の時間の精髄と言えるのかもしれません。。

注釈
(01) ドイツの発生学者、エルンスト・ヘッケル「個体発生は系統発生を繰り返す。」が有名な説。ヘッケル自身が1874年に描いた、色々な動物の胎児の絵が分かり易い。
(02) 夢の科学 P113
(03)(04) 「ドグラ・マグラ」「胎児の夢」

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